幸福度の高い南国フィジー。この記事を見ているのは、フィジーを海外移住の候補地として検討している方かもしれませんね。しかし、日本とまったく違う環境で生活するにはそれなりの覚悟が必要です。そこで今回は、フィジー在住20年の堤 憲治郎さんに、フィジーで生活するうえで気をつけるべき注意点をお伺いしました。
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目次
1. フィジーの文化「ケレケレ」に注意

— まず、フィジー移住を考えている人が、気をつけておくべきことを教えてください。
堤:フィジーは国民性は良いけれど、「ケレケレ」と「食事」には注意が必要です。
— ケレケレはよく耳にする言葉ですが、具体的にどのようなことなのでしょう。
堤:ケレケレは、「共有する」というような意味です。聞こえは良いのですが、要するに、「うちにはこれがなくて、隣の家にはある。じゃあお宅のを使わせてもらうわ」とか、「あなたのところには2つある、でもうちにはひとつもないから1個持っていく」などといったことです。ちゃんと断って持っていくならいいけど、黙って持っていくこともあります。
発展している街の方ではそこまでないけれど、村の生活は顕著です。どの家もドアも窓も全部開けっ放しなので、近所の人が普通に入ってきてケレケレしていきますよ。
— それは……普通じゃ考えられないですね。
堤:リゾートを運営していたときの従業員の話ですが、給料日にもらったお金を持って帰って、家の隠し場所に置いておくらしいんですよ。でもみんなその隠し場所を知っていて(笑)、次の日に見てみるとすでに誰かが引き出して使ってて、2〜3日したら綺麗になくなってるんですって。
— それはひどい。
堤:フィジーは後進国で、経済的に恵まれている人と恵まれない人が同じ一族の中にいるから、それぞれが助け合っていかなければなりません。
— フィジーは良くも悪くも助け合いながら生きているということですね。
堤:日本も大正時代や昭和のはじめの頃は、東京屋敷を持っている村の庄屋さんが、自分の村の頭の良いお百姓さんの子ども達を書生や家事見習いとして住まわせたりしていました。ご飯も食べさせて、昼間は学校に通わせて、小遣いもやって、医者や弁護士、看護婦などに育て上げていました。フィジーの生活もそれに共通する部分はあるかもしれません。
いまの時代の日本だと、親戚にお金貸してくれと言ったら、「お前何行ってるんだ、お前とは今後一切親戚付き合いしないぞ」などと言われてしまいますが……。
2. 日本産の食材は手に入らないと思った方がいい

— もうひとつの「食事」について詳しく教えてください。
堤:特に日本人の方は日本食じゃないとダメという人もいると思います。しかし、フィジーは現状日本の商社が一切関わっていないために、基本的に日本産の食材は手に入らないと思ってください。
この土地の食べ物、例えばタロイモとかキャッサバでお腹いっぱい満足できるかどうかが、移住できるかの大きなポイントのひとつになると思います。
— 日本の食材はまったく手に入らないのでしょうか。
堤:スーパーで買えるのは、マレーシア製のキッコーマンソイソースや韓国製のわさびなど。あと、日本製ではないですが、お米やインスタントヌードルなどは一応あります。野菜もこっちで売っているものは種類が限られています。工夫して日本風の料理はできると思いますが、まったく日本と同じような食生活は諦めたほうが良いでしょう。
— 食は生きていく上でも重要な要素ですもんね。日本食レストランは数件あるので、外食などでバランスをとるのもいいかもしれません。
3. 途上国の医療レベルはかなり低い
— 途上国の生活で心配なのが医療面ですが、フィジーはどうなのでしょうか。
堤:もともとフィジーは医療レベルがとても低いので、難しい病気があった場合は諦めるしかないです。いまでもカテーテル治療や難しいがんの手術はできません。だから、私も倒れたらそのままでしょうね(笑)。
持病があって、日本でたくさん薬もらわないといけないという人は、フィジーへの移住はちょっと難しいかもしれないです。
4. フィジーの教育水準は日本の10分の1?

— 教育面ではどうですか。
堤:日本人のご家族が、将来日本に戻って生活しようと思うなら、フィジーの学校に通わせるのはあまりおすすめできません。日本の教育レベルの10〜20%程度の勉強量しかないですから。子ども達が将来日本の大学に進学するとか、日本で就職しなきゃいけないとかになるなら、やはり小学校ぐらいから日本の学校に通わせた方が良いでしょう。
ただし、こっちで過ごすならひとつ手があります。フィジーには、近隣国のオーストラリアやニュージーランドから多くのスカラシップ(奨学金)制度が受けられるので、優秀な成績であれば、それを使って海外の大学に行くというのも良いと思います。
【おまけ】イギリス式制度を採用しているフィジーの教育について

— フィジーの教育制度について詳しくお伺いさせてください。フィジーと日本の教育制度の違いにはどのようなものがあるのでしょうか。
堤:フィジーはイギリス式の教育制度を採用しているので、日本とは少し異なります。まず、6歳からプライマリースクールに8年間通い、8年生の時に全国統一試験を受け、合格した人のみがセカンダリースクールに通うことが許されます。落ちた人は弾き落とされて、上級の学校には行けません。だいたい全体の4割ぐらいの学生はその試験に落ちてしまい、学業は終了、家の家業を継ぐことになります。
— 厳しい世界ですね。
堤:イギリスも同じです。イギリスには「13歳の春」という言葉があるぐらいです。プライマリー8年生の最終試験を受けて合格しないと、そこで勉強する道を閉ざされて、手に職をつける道しか残されていません。それだけ厳しいんです。
セカンダリースクールは、5年制です。ただし、4年間通えば、日本の高卒認定のような形になるので、民間の企業に就職することができます。
大学に進学する人が5年目に通い、その時点で将来のコースを決めます。我が家に住んでいる妻の親戚の子はいまセカンダリーの5年生で、将来は会計士になるということで、専門的な勉強をしています。
— 10代で将来何になるか選択を迫られるんですね。
堤:日本みたいに、大学出てからもまだニートとか、自分探しの旅に行けるなんてないですよ。
5. フィジー人は働かない。ビジネス上の注意点

— 堤さんはフィジーで11年リゾートの支配人をやっていらっしゃったということですが、フィジーでビジネスをしようとする人が気をつけておくべきことはありますか。
堤:イギリス植民地時代に、白人が入ってきてフィジーにサトウキビ畑を広げていきました。もちろん開墾するには従業員が必要で、フィジー人たちを雇うのですが、これが全然仕事しないわけです(笑)。仕方がないからインドのタミル地方から季節労働者を連れてきた……というのが、現在のフィジーの複合民族国家の礎になっています。まず、それぐらいフィジー人は労働意欲が低い国民ということです。
— なるほど。ヨーロッパ人が諦めるのだから相当ですね……。
堤:私もリゾートのマネージャーとして離島で11年間働いていました。私たちは他の国から労働者を連れてくるわけにいかないから、島の近くにいる村の人を連れてくるのですが、地元の人たちをいかにコントロールして仕事してもらうかということにすごく労力が取られました。本当に、本当に大変でした。
フィジー人はまずお金に執着がありません。コミュニケーションとか、周りとの付き合いの方が大事です。だから、せっかくいい仕事に就けても、恋人ができたために無断欠勤してしまうなんてことは珍しくありません。「デナラウ(本島最大のリゾート開発地)の仕事なんてなんで辞めたんだ」と聞くと、「ちょっとね、2〜3日サボったらクビになったって。でもいいの」って(笑)。
— いいんだ(笑)。
堤:それと、雇用に対する法律が日本とフィジーでは違うので、必ず地元の人を雇うときには確認しなければなりません。例えば、日本でいう時間外労働はプラス料金はいらないけど、日曜・祝日に働かせる場合は通常の2倍給料を払わないといけない、などです。
— 法律はたしかにしっかりと理解しておかなければならないポイントですね。フィジーでは残業代がないんですか。
堤:そうなんです。だからお客さんがいるときは長時間労働させるけど、その代わり食事を出してあげる、それだけで大喜びです。
— フィジー人らしいですね(笑)。
日本の「常識」は通用しないが、「知識」は役に立つ
堤:日本の留学生によく言うんですが、日本の常識はここでは通用しません。これまで当たり前だったことが当たり前にできないというのがフィジーの生活です。後進国は大なり小なりそうだと思いますけどね。
しかし、日本で学んだ知識はフィジーで活かすことができます。例えば、基本的なことですが、食事の前や外出から帰ってきたときに手洗い、うがいをするとか。衛生的にもすごく重要ですが、それすら知らないフィジー人はたくさんいるので、生活していて何か気づいたことがあれば現地の人に教えてあげても良いでしょう。
変わりゆくフィジー、変わらないフィジー

— 来年で堤さんがフィジーに住んで20年になるということですが、昔と今で変わってきたと思うことはありますか。
堤:都市部の生活は私がきた頃からグンと良くなりました。昔はしょっちゅう止まっていた水や電気も止まることが減ったし、道路も綺麗に整備され、食材や電化製品の種類も増えました。でも、村の生活は昔のままです。
— では、社会格差がどんどん広がっていくことも考えられますね。
堤:そうですね。ある経済学者は、格差が広がり、ある点を過ぎると暴動が起こったり治安が一気に悪くなると言っています。中南米や東南アジアで起こっている現象がフィジーでも起こる可能性はある、そこは私も危惧しています。
それから、USP(南太平洋大学)の研究所の発表によると、今後、フィジーの人口の構成比が変わっていくだろうと予想されています。
— 人口の構成比というのは?
堤:フィジーが1970年にイギリスから独立した頃は、フィジー人よりもインド人の方が多かったんです。その後、クーデターなどが原因で国外流出が起こり、2007年の国政調査ではインド人の割合が38%になりました。
— 37年の間に、インド人の割合が10%以上減ったということですね。
堤:そう。それが今後、さらに10数%減る見込みなのだそうです。いま発表されている総人口(2007年のデータ)は約87万人で、構成比はフィジアン52%、インド系が38%、残り10%に白人や中国人、日本人など。このように、いまはフィジー人、インド人という2大 人種国家ですが、これからはインド人の割合が減って、経済援助を盛んに行っている中国の人口割合が増えていくでしょう。
いまなら、リゾートでも街なかでも、どこに行ってもローカルの人の笑顔が見られるけれど、近い将来アジア人ばかりになるんじゃないか、というのが、私がひとつ危惧しているところでもあります。
— これからフィジーがどう変わっていくのか、というのもひとつ注目していきたいところです。
南国フィジーで、のんびり退職生活


