永崎裕麻さん

100ヶ国を旅しフィジーへ移住「幸せのスペシャリスト」永崎裕麻の軌跡

100ヶ国を旅したのち、世界一幸せな国フィジーに移住した永崎裕麻さん。語学学校の校長でもあり、2児の父でもあり、教育と幸福をテーマに生きる自由人でもある彼は、これまでいったいどのような人生を歩んできたのでしょうか。

フィジー在住の日本人としても大変有名な永崎さんに、世界一周の旅に出た理由や、これからの生き方について語っていただきました。

永崎裕麻氏 略歴

「旅・教育・自由・幸せ」を人生のキーワードとして生きる旅幸家。
2年2カ月間の世界一周後、世界幸福度ランキング1位(2014/2016/2017)のフィジー共和国へ07年から移住し、現在13年目。ライフスタイルをアップデートする英語学校カラーズ校長。

100カ国を旅し、14カ国で留学した経験を活かし、内閣府国際交流事業「世界青年の船」「東南アジア青年の船」に日本ナショナル・リーダー/教育ファシリテーターとして参画。教育企画の立案、ライターとして「ハフィントンポスト(日本版)」「ライフハッカー」「クーリエ・ジャポン」などで執筆、「幸せに気づくコーチング」、「40歳定年」などの活動もしており、フィジーと日本を行き来するデュアル・ライフを実践。19年からは「幸福先進国」であるデンマークやオランダも加えた多拠点生活にも挑戦中。

大阪府生まれ(1977)。神戸大学経営学部卒業。二児の父。著書に「世界でいちばん幸せな国フィジーの世界でいちばん非常識な幸福論」(いろは出版)。

フィジーの方々の協力によって「フィジーの非常識な幸福論」のデザインが刷新!

大学を休学して行ったはじめての海外生活

— ゆうまさんが、はじめて海外に行ったのはいつですか?

ゆうま
大学3年が終わったタイミングなので、2000年の4月です。大学を休学して、オーストラリアで合計半年ほどファームステイをしていました。

— 今でこそ休学する学生はよく聞きますが、当時は休学というのも珍しいのでは?

ゆうま
休学する学生なんてほとんどいなかったですよ。「休学のススメ」って本を書こうかと思っていたぐらいですから(笑)。僕自身は、大学3年の就活中「そういえば休学って聞いたことあるな」ってある日突然降ってきて、その日のうちに教務課に休学申請をしに行きました。そんな風に、先に「休学する」というのを決めてから、じゃあ一体何をしようかと考え始めたんです。

1年後にはまた就活するわけで、そのとき休学中に何をしていたかは絶対聞かれるぞと、そこで語れるべきものがないと非常に不利な戦いになるなと、いろいろ考えた結果、いわば消去法的に海外へ行こうと決めました。

— もともと海外志向が強い方なのかと思っていたので、ちょっと意外です。では、オーストラリアに決めた理由は?

ゆうま
帰国後の就活を見据えると、話のネタにするならファームステイぐらいやらないとと思い、じゃあ安く滞在できるところはどこかと探して結果的にオーストラリアになりました。

— なるほど、これも消去法で選んだ感じだったのですね。

世界一周は「経験の出稼ぎ」

— それでは、ゆうまさんが世界一周の旅へ行かれたのは、オーストラリアでの経験がきっかけとなってということでしょうか?

ゆうま
そうですね。海外生活はすごく自分を成長させてくれるものだなと実感して、というのはあります。大学卒業後に会社員として3年働いて、退職後に旅に出たんですが、そのままサラリーマンを続けている自分よりは絶対努力しなきゃいけないと思って、旅の間も自分自身と戦っていました。例えば、スペイン語を1日20時間勉強したり。

— 成長するために自分自身と戦い続ける、ですか。ストイックですね。

ゆうま
はい、20代はものすごくストイックだったと思います。それは学生時代からかもしれません。高校時代は必死に受験勉強していた分アルバイト経験がなかったので、大学時代は社会人経験を積むために40種類くらいのアルバイトをやっていました。コミュニケーションが苦手だったので、なるべく多種多様なバイト先で人間関係を円滑にする術を学ぼうと、ストレスまみれになりながら修行していました(笑)。

— なるほど。その頃からとにかく自分を成長させようという意識が強かったんですね。

ゆうま
オーストラリア滞在で気づいたのが、海外での一日って、日本で過ごしているよりもバイトしている一日よりも圧倒的に濃く、成長度が高いなということでした。ドラゴンボールの精神と時の部屋じゃないけれど、一日いれば一年分の経験ができるんじゃないかというほど、経験値が荒稼ぎできる。旅は経験の出稼ぎだと思いました。

— それで世界一周をしようと。

ゆうま
はい。世界一周の旅では毎日自分に負荷をかけて、そこに喜びを感じていましたね。僕の旅のスタイルは「高速バックパッカー」でした。夜行バスに乗り、朝とある街に着いて一日周って、その日の夜また夜行バスに乗って次の街へ。つまり、0泊で次々移動していくんです。

— すごい。かなり独特なスタイルですね。

ゆうま
これはよく批判されました。ある程度住んでみないとその国のこと分からないよって人も多いので。確かにそれはそうだと思いますし、反論はありません。だけど、そういう人たちって、意外と宿でだらだら過ごしている時間も多いようにみえたのも事実です。

— たしかに、ただ時間をかければ良いというものではない。

ゆうま
僕は、1日8時間という限られた時間でなるべく多くのものを吸収するべく集中し、それを積み上げて相対的に考えていくアプローチをとりました。例えばペルーのクスコに3ヶ月滞在したところで、日本との比較しかできないですよね。だったら、数10ヶ国周ったうえで、クスコとは一体なんだろうと考えた方が、本当にクスコのことが分かると考えていました。

— サンプル数が多ければ多いほど正確に物事を捉えやすくなるというのは、たしかにあるかもしれません。

教育への道を示してくれた「世界青年の船」

世界青年の船
国際交流事業「世界青年の船」ナショナルリーダー会議にて

— そんな旅人のゆうまさんがフィジーで教育に携わるようになったきっかけを教えてください。

ゆうま
きっかけは、29歳の時に参加した「世界青年の船」でした。内閣府の国際交流事業で、いろいろな国の人たちと一緒に船で世界を周りながら、あるテーマに基づいてディスカッションするというものです。テーマは、環境とかコミュニティ、ボランティアなど複数ある中で、僕は教育コースを取ったんです。他の国の教育について話を聞いたり、日本の教育について話したりしている中で、各国の教育の良い所を組み合わせたら非常に質の高いものが出来上がるんじゃないかという感覚を得ました。そこから「教育」というものが、自分の人生のキーワードのひとつになっていったのかなと思います。

— 世界青年の船ではどのようなことが行われていたのでしょうか。

ゆうま
船に乗りながら何ヶ国か巡って、世界各地の学校に行ってみたりするんです。海外の教育を実際に見ることで、アハ体験っていうか、そのやり方ええやんと思うことも多かったです。

船上でもさまざまなワークショップやディスカッションを行いました。例えば、6色ハットというワークショップをご存知ですか?

— 知らないです。どのようなものですか?

ゆうま
グループになって、それぞれランダムに色のついた帽子をかぶるんですが、例えば赤の帽子を被っている人は感情的な意見しか言っちゃいけない、黒の帽子は批判的なことしか言っちゃいけないと、帽子の色ごとにその人の思考スタイルが決められます。その状態で、あるテーマについてディスカッションをしていきます。そこで、本来の自分は批判的な意見ばかりいうタイプだったけれど、肯定的なことしか言ってはいけない帽子をかぶっていたら、そこから新しい芽が出てきますよね。それ、めっちゃおもろいやんと思って。

— すごく頭の体操にもなるし、違う性格の人の気持ちを理解するという意味でも役に立ちそうです。

ゆうま
そもそも、日本ってディスカッションみたいな正解がないものに対して話し合う科目が少ないから、僕自身も議論すること自体あまり慣れていませんでした。だから当時、海外に行ったり外国人と触れたりする中で、正解がないものに目を向けられたのも大きかったです。

自分と真逆の性質を持つフィジーに惹かれ

永崎裕麻

— ゆうまさんは世界青年の船を終えてすぐにフィジーへ移住されたんですよね。

ゆうま
はい。船に乗っている時フィジー人の青年たちと仲良くなって、今まで旅してきたどの国の人たちよりも感銘を受けたというか。ここに住んでみたいなと移住先を決めました。それで、フィジーの語学学校の会社に入社し、2年ほど現地カウンセラーをしたのち、2017年まで同校のマネージャーとして働きました。

— 自分を成長させようと生きてきたゆうまさんが一転、本格的に人材育成や教育に携わるようになったのですね。

ゆうま
はい。その時からマネジメントの勉強を始めて、人を動かすって学びが深いなと思いました。今までやってきたこととは全然違うので楽しかったし、すごく勉強もしたし、その時の経験が今の自分の人格を形成してきた部分はあると思います。2018年に英語学校カラーズの校長として就任後も、いままで培ってきたものを多くの人に伝えられるように試行錯誤しています。

— 高速バックパッカーだったゆうまさんが、フィジーに10年住むことになるってすごいことですよね。

ゆうま
僕はストイックな性格だけど、それと真逆な性格を持っているのがこの国だから、惹かれたんですよね。それまで僕は苦労していろいろなものを得てきたつもりだけど、この人たちは苦労してないのに幸せを得てるようにみえて。真逆なアプローチでいって幸せっていうところに学びがあるかもと興味を持って、実践してみようという感覚でした。フィジーの国民性については、著書にも詳しく書いたので、ぜひ見てみてください。

永崎裕麻の2020年

— 最後に、2020年はどんな年にしたいですか?

ゆうま
今年は、日本、フィジー、デンマークの3拠点で生活してみようと考えています。それがうまくいけば、オランダやコスタリカを追加して5拠点にしてみたり、いろいろ実験していきたいです。

デンマーク
デンマークの首都コペンハーゲンの街並み

— 一見なんの関連性もないように思いますが、なぜこの5拠点に?

ゆうま
フィジーに10年以上住んで、幸せについてあれこれ考えていたんですが、幸せというものをより立体的に見るためにはもっとさまざまな形を知るべきだと思って。北欧は国連の幸福度ランキングで毎回上位にいるし、コスタリカは地球幸福度指数(HPI)で世界1位の国なんです。世界のいろいろな幸せの形を、自分も見たいし、自分の子どもにも見せたい。あと、子どもには「競争」と「共創」を学んでもらおうと思っています。フィジーの共生的な部分だけでなく、もっと多様な社会を知ってほしいですね。もちろん今の学校運営にもずっと関わっていきたいし、仕事もあるから5拠点生活がどういう形で実現できるかわからないですけど。うちの学校のコンセプトは「ライフスタイルをアップデートする英語学校」なので、校長自らが新しい挑戦を実践し続けていきたいとは思っています。

— 「競争」と「共創」をというのはいいですね。

ゆうま
社会には競争が混在しているので、そこに対して脆弱だと結局うまく人生が回っていきません。だから共創社会だけじゃなく、競争社会も知るべきだなと。

僕自身は、ブルーオーシャンを求めるというか、競争しなくてもいい海に向かって行っているところはあります。逃げていると捉えられるかもしれないですが、結局僕は希少性に価値があると思っているから、希少であろうとしているだけなんです。でも、自分がトップに立ちたいとかではなく、僕がこんな世界もあるよと見せることで、僕よりちゃんとした人が新たな世界をもっと確立していってくれたらいいなって思っています。僕は切込隊長というか、捨て駒みたいな感じで(笑)。

— 多拠点生活のお話もまたぜひお聞かせください!本日はありがとうございました。



インタビュー後編はこちら

情報化社会のいま、留学をする価値とは?フィジー英語学校カラーズ 永崎裕麻氏インタビュー

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