発展途上国フィジーでの子育て、心配な「医療」と「教育」どう乗り越えた?【インタビュー後編】

フィジーでチョコレート製造を行っている「フィジアナカカオ」の図越ご夫妻。

奥様の治美さんは、3人の小さなお子さんがいる中で、インフラの整っていないフィジー・バヌアレブ島への移住は不安がいっぱいだったと語ります。

特に心配だったのが、発展途上国のためしっかり整備されていない「医療」「教育」

途上国フィジーでの子育てには、たくさんの苦労があったと言います。そして、それ以上に子供達が学んでいったこともあるとか。今回は、そんな”海外での子育て”について伺った内容をまとめました。

途上国に移住を考えている方はぜひ参考にしてくださいね。

フィジーに行くきっかけ

−−図越さんが一番最初にフィジーに行くきっかけはなんだったのでしょうか?

図越さん(以下敬称略):フィジーに初めて行ったのは今から約15年前の家族旅行でした。

当時主人は会社を経営していて、忙しく海外をぐるぐる回り、ほとんど日本にいないような生活でした。3人の子供は小さくて可愛い時期でもあったので、家族の時間を持ちたいと、必ず年に2回家族そろって海外旅行に行くと決めていたんです。

ある年、今年の行き先が決まらず、地球儀を回して指で当てた場所へ行こうと回し、当てた所が海の真中で、海の真中じゃあね、、と指をどけたらそこに小さくフィジーと見えました。

これが私達家族とフィジーの最初の出会いでした。

旅行中は現地のフィジー人たちにもとても親切にしてもらい、すごく充実した休暇になったのを覚えています。

フィジー移住で何より心配だった「医療」と「教育」

−−その後、ご主人がフィジー移住を決めたとのことですが、治美さんは不安などありませんでしたか?

図越:移住の相談をされたときはびっくりしましたし、反対でしたね。

当時は鎌倉の海から徒歩5分という最高の条件のもと暮らしていましたし、経営していた会社は順調で、何の問題もない生活です。それを捨てて、なんで何にもないサブサブに行くの?という感じでした。

私が何よりも心配だったのはフィジーの「医療」と「教育」が発達していないことでした。
私たちには3人の小さな子供がいて、しかもみんな病気がちです。子供の将来を考えると、もちろん日本の方が高度な教育を受けられるし、当時は習い事もいっぱいさせていたので、それも全部やめなければならない、移住なんてとても考えられないと思っていました。

もちろん周りもみんな反対していました。
しかし、主人の気持ちは固く、フィジー政府にインベストメント(投資)の手紙を書き、さらに経営していた会社の売却の手続きを進め、影で着実にフィジー移住への準備を進めていきました。

フィジー行きを決心させた“一冊の本”

図越:それから1年半ぐらいたった頃、フィジー政府からビザの許可が下りた旨の手紙が届きます。その時は会社の売却も無事に終わり、身の回りの整理もし始めていた頃でした。
子供達の学校に連絡して退校が決まっても、私自身は不安の方が大きく、ギリギリまで反対していましたね。

−−そんな治美さんが最終的に移住を決意されたきっかけはなんだったのでしょうか?

図越:例えば、辞書や辞典を引くと、蝶の生態はこうだとか空はこうだとか細かく書いていたりいますよね。そのような知識を得ることよりも、人間の五感を使って「感じる」ことの方がはるかに重要で、子どもが生まれ持っている「神秘さや不思議さに目を見はる感性」をはぐくむことはすごく大切だ、というようなことが、当時たまたま読んでいたアメリカの生物学者レイチェル・カーソンの本に書いてあったんです。

そして、今の状況は子供達にとって大きなチャンスではないかと考えるようになっていきました。

もちろん、鎌倉も自然が多くて良いところです。しかし、電気も水道もある、コンビニや病院なども含めて、全ての環境が整っての“自然”です。

一方、フィジー、サブサブには本当に何もありません。子供たちが幼い時期にあの島で生活することで、本物の大自然から何か大切なものを得られるかもしれないという思いがあり、ついに移住を決意しました。

熱が出たら水をぶっかけて冷やす

−−心配されていた医療に関してですが、お子さんたちが体調を崩したときはどうしていたんですか?

図越:フィジーは熱帯気候なので、デング熱とかにもなりやすい環境の中、命の危険を肌で感じることが多くありました。

病気になっても薬もないし、病院もないようなところです。

子供たちが熱を出して何も食べられないとき、どうすることもできないので、川から汲んできた冷たい水を桶に張って、そこに子供を入れるんです。そうすると一瞬熱が下がってちょっと食欲が出るので、その時にフルーツを食べさせて体力を回復させて治していました。もう本当、荒療治ですよね。

小さな傷は自ら薬草を煎じて治す!

図越:そんな中、子供たちは地元の人たちからいろんなことを学んでいて、感心させられるばかりでした。フィジーは自然の薬草がすごく豊富なんですが、「この葉っぱは風邪に効く」とか、「これは解熱剤」など子供たちから色々教わりました。
私から見たらどう見ても雑草なんですけどね(笑)

例えば、ちょっと傷ができたりすると、ダーっと走っていってその辺から薬草を摘んできて、自分で煎じて傷口につけて治してしまう、というようなことも日常茶飯事でした。

−−おお〜、それはすごいですね!

図越:そんな環境で生活しているので、次第に免疫力も上がっていって、日本にいた頃は喘息持ちだった子供達が、病院に行かなくても大丈夫になったんです。すごいことを学んできていましたね。

子供たちが離島暮らしで学んだ「生きる知恵」


図越:カカオの再生に取り組んでいた時には、私たちは本当にお金がなくて。ジャングルの中で暮らしている変な外国人と周りからバカにされていました。子供達の制服も、移住の時に買った1枚だけで、ほつれたのを直しながら使っていましたし、筆記用具も満足に与えてあげられないような暮らしでした。

そんな中、3人ともすごくたくましく育ってくれたと思います。
ないものは自分たちで作るしかない、と3人がそれぞれの知恵で工夫しながら生活していました。

例えば、普段使う文房具です。
離島って、恒常的に色々な国から多くの支援物資が届くんです。そうなると、物を大切に使うという感覚が現地の子供たちになくなっていって、もしなくしても次が来るからいいや、と考える子が多いみたいで。

そんな状況なので、使いかけのノートとかも教室に散乱しているんですけど、それを子供たちが集めて家に持ち帰り、未使用部分だけを束ねて、結構な厚さのノートを作っていました。

鉛筆も、鉛筆削りを使うと余分なところまで多く削られちゃうので、絶対に使わなかったです。
自分たちでナイフで必要なぶんだけ削って、さらに、短くなると近所の竹の木をとってきて鉛筆に刺して使うんですよ

もちろん私たちは一度も教えたことはないです。

−−ちなみに、お子さんたちから文句はなかったですか?

図越:全くなかったですね。それぞれとってもエンジョイしていました。私たちは日本の生活を知っていましたし、それこそ当時は現地の人以下のような生活をしていましたから、子供たちがかわいそうだと思っていたんですけど、ふと子供を見ると、生き生きと楽しそうにしていてすごく救われました。

危機管理能力と人を見る力を養う

図越:真ん中の子が学校に入りたての小学校2年生の時、どんどん自分のものがなくなっていくという事件があったんです。

実はフィジーではそんなに珍しいことではなく、もともと個人所有の概念が薄くて、欲しいと思ったものがあったら持っていくというのは結構当たり前なんですが(笑)。
彼女も自分が生活する中で物がなくなっていくから、どうにかしなければとなって、「自分はとにかく仲間を作らないといけない」と思ったんだそうです。

すごいな、と感心したのが、そこからまず3ヶ月ぐらい周りをじっと観察して、誰と友達になるのがベストかをすごく考えたそうです。誰にするかを決めたら、その子に話しかけ、「私があなたの持ち物を守るから、あなたは私の持ち物を守ってくれる?」と約束をかわします。そうやってパートナーを組むようになってから、無事に自分の物がなくならなくなったみたいです。

−−まさに環境に適応する能力というか、生きる力を感じますね。

図越:生活していく中で、本能的な危機管理能力もそうですし、この人は信用できる・できないとか、こんな時になんていったらよいかといった、洞察力というか、人を見る力も養っていったんだと思います。

−−人を見る力は、コミュニケーションに欠かせない重要な要素ですよね。コミュニケーションに苦労する現代人も多くいると思うので、とても素晴らしいことだと思います。

図越:フィジー語もヒンドゥー語もよく理解しているので、訪問者に対しても、「実はあの人ああいうこと言っていたよ」とあとで注意してくれたりとか、「あの人は気をつけた方が良いよ」と言われたりすることもありました。

私と主人は日本の生活が染み付いているからか、そういう感覚はなかなか身につけられないですね。

英語圏のフィジーは海外の大学入学にも有利?

−−心配だとおっしゃっていた「教育」に関してはどうでしたか?

図越:今、上2人は海外の大学へ行っています。もっとも、自分で奨学金を借りて自分の意思で決めてくれました。フィジーは公用語が英語なので、英語圏であれば言葉の壁はなく、意欲さえあればどこにでも行けます。

フィジーに移住すると聞いたときには、子供のことを考えて本当に反対していましたが、本人たちにとっては、フィジーで暮らした経験は今も役立つものばかりだし、とても充実した良い思い出になっているんじゃないかと思います。

私たちが子供を育てたというよりは、フィジーの自然やフィジアンたちが育ててくれたという感じですね。今では、こちらに移住して本当に良かったと思っています。

フィジアナカカオ詳細

フィジアナカカオ
今回インタビューにご協力いただいた「フィジアナカカオ」は、食品衛生管理の国際基準HACCP(ハサップ)も取得しており、品質と安全性の高さもお墨付きのフィジー産チョコレートです。
さらに、2010年にはフィジー国総理大臣賞2部門を受賞し、国内外からさらなる注目を集めています。

フィジー国内では、現在大手のギフトショップ「PROUDS(プラウズ)」、「TAPOO(タプー)」、「jacks(ジャックス)」にて販売中です。添加物を一切使用しないピュアなチョコレートで、カカオの比率も高いので、高温のフィジーでも溶けにくく、お土産にも最適!

また、こちらのオンラインストアでも購入が可能です。
>>MY FIJI STORE

お問い合わせ先

住所
Lot 7, Block 1, Denarau Industrial, Denarau Island,
Nadi, Fiji Islands

問い合わせ先
info@fijianacacao.com

公式ホームページ
フィジアナカカオ公式ホームページ(英語)

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